奴隷の幸福なんて嘘っぱち

副業

奴隷の幸福という言葉が存在する。

労働者は会社の歯車の一部として社会から必要とされておりこの歯車はとても大切な役割をしている。

一つ欠けてしまっても変わりはいくらでもいるが、いなくても良いというわけではなく、労働者は社会にとって絶妙な存在感を放ってる。

奴隷の幸福という言葉の意味について、この奴隷というのはサラリーマンのことを指しており、強制的に働かされているもののサラリーマンは会社からの指示に従っていれば生活の保障はされているため、何も考えなくて良い幸せがあるというものだ。

しかし多くのサラリーマンは何も考えない単純な作業をしている人は少なく、日々業務で起きてしまうトラブルを解決しなければならないためそれ相応のプレッシャーがある人が多い。

サラリーマンは楽で良いなんて言葉は戯言で奴隷の幸福なんてものを感じている人も日本のサラリーマンの中ではマイノリティだと僕は思う。

毎日満員電車に揺られて出勤する姿はまるで奴隷船に乗っているかのようだとサラリーマンを揶揄する人がいるが、いやいや満員電車に揺られながらも多くのサラリーマンはスマホで情報取集したり、SNSを見たり漫画を見たりそれぞれが時間を有効に使っている。

もちろん通勤に苦痛を感じている人もいるがサラリーマンというのは多種多様で一概に断ずることが出来ない存在なのだ。

だから奴隷だからこそ幸福があるという言葉に僕は違和感を感じるし労働者を奴隷と例えるのも正直センスが無くて短絡的な思考だなと思う。

そもそも奴隷というのは人権も何も無視した存在で今の時代の労働者の人権はとても強い。

セクハラやパワハラは細部にまで基準が決められており、労働基準法に守られた労働者の立場はとても強く、しかも企業も一度雇用を決めてしまえば労働者を一方的に解雇することは認められていない。

労働者を軽視した会社経営をしてしまったものなら今ではネットで瞬く間に拡散されてしまい会社のブランドが地に落ちてしまう。

それがBtoCビジネスであればそれまで築き上げてきた顧客との信頼関係がブラック企業のレッテルを貼られることにより一気に崩れ去り、不買運動が起きてしまうほどだ。

そう、労働者というのは労働者でありながらもお客様になり得る存在なのだ。

BtoBビジネスのクライアントは法人だけども、その法人の顧客は個人になったりするので本当の意味でのエンドクライアントは個人に戻ってくるのだ。

レピュテーションリスクを理解している経営者ならクライアントが法人であってもエンドクライアントになる可能性のある労働者を奴隷のように扱うことは絶対にしないだろう。

だからサラリーマンをとりあえず奴隷と言っておけばマウントを取ったかのような物言いをしている人は分かった風になっているだけで何にも分かっていない。

同じようにサラリーマンは奴隷だと思っているサラリーマンも想像力が貧相だ。

僕がこの記事で伝えたいことはサラリーマンには誇りを持って欲しいということ。

資本主義では稼ぐ力において弱者かもしれないがサラリーマンがいなければ社会が回らない。

だからこそ社会は労働者を大切にするのだ。

日本のサラリーマンは法律に守られているためサラリーマンの身分は最強と言っても過言では無い。

さらに会社から毎月お金を貰いながらPCやデスク、会議室まで貸与されて会社の資産を使ってリスク無しでレバレッジをかけて仕事をして経験を積むことが出来る。

サラリーマンで仕事に失敗したからと言って損失を被るのは会社であなたが借金を負うわけでも無い。

最悪クビになったとしても転職して次の職場で何事もなかったかのように働けば良いだけだ。

サラリーマンにはその特権があるのだ。

サラリーマンをやりながら副業で社長もやる。

これが奴隷?いやいや。最強の身分を持っている個人の出来上がりだ。

会社から安定収入を貰いながらレバレッジをかけてノーリスクで大きな仕事にもチャレンジ出来て、プライベートでは社長としてスモールビジネスで資本家として活躍する。

サラリーマンが奴隷だと言う貧相な想像力はこの先邪魔にしかならない。

これから先は誰にでもチャンスが来る時代が訪れる。

副業が本当の意味で解禁になれば、その時代の主役はまさしくサラリーマンになる。

会社で働きながら、資本家としても活躍してイノベーションを起こせる時代が絶対に来る。

その時のために知識を蓄えて戦える準備をしておこう。

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